— ブレイクスルーな言葉 (@breakthrough_jp) from Twitter: http://twitter.com/breakthrough_jp
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さらにこちらでは
三日坊主に終わってしまうんじゃないか、なんて余計な心配はしなくていい。気まぐれでも、何でもかまわない。ふと惹かれるものがあったら、計画性を考えないで、パッと、何でもいいから、自分のやりたいことに手を出してみるといい(岡本太郎)
感情が枯れてくると、雑念が減るので見通しが良くなるが、何もかも色あせてくるので、面白くない。
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“近所のちいさな百均に寄ったら、年配のお客さんが「なにを買いに来たんだか忘れちゃって」と言ってて、店員のおばちゃんが「みんなそう言うのよ。いるものなんて最初からありゃしないのよ。いらないものが並んでてそのいらないものをみんなうっかり買っていくのよ」と答えていたがなんか深いぞ……”
— Twitter / taikutumasa (via kanabow)
付けくわえるならば、彼女たちが身につけたチマ・チョゴリは、一九二〇年代の「新女性」たちが植民地支配のなかで、近代と伝統の狭間で葛藤しつつ、改良して身につけたスタイルのものである。このような歴史と、彼女たちが語るような着用当時の文脈をふまえると、「チマ・チョゴリ=伝統=男尊女卑的=だからよくない」というとらえ方が、ある重要な側面を指摘したものではあっても、それがすべてではなく、一面的なものだということが見えてくるのではないだろうか。
